私が学生の時、正倉院展で紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)を
観た時の美しさが今も目に焼き付いています。
その撥鏤は象牙を赤く浸染した後、彫刻刀で模様が彫られていて、
その線や形が素晴らしいのです。
撥鏤は染色と彫刻の二つの技法が融合して生み出された工芸の美です。
最近、私は現代生活に使えるクラフト的な作品を
撥鏤で作ろうといろいろと研究しました。
幸い昔、象牙が買える時代に切れ端を少しだけ買っておいた物があり、
それを使って制作を試みました。
写真の撥鏤ペーパーナイフ(題名 雪降る富士)は
私が制作した令和の撥鏤作品です。
その工程は、象牙の切れ端から富士山の形を切り出し、
ペーパーナイフの刃になる部分のエッジを研磨し、染料液で全体に煮染めしました。
象牙は染まりにくくて長時間煮染めした
10日間以上も浸けっ放しにして、ようやく染めることができました。
染色後、白い面を削り出し、
更に丸きり刀で雪が降っているように
点描彫りをほどこしました。
更に、このペーパーナイフを入れる桐箱の表面にも
雪降る富士山の空を染めて背景としました。
かくして正倉院御物の撥鏤は現代クラフト作品として甦りました。